戻りたいあの頃
昨日熱帯魚の話しをしたが、オヤジは熱帯魚については少々うるさいところが
ある。それは亡くなった叔父が大阪で熱帯魚店をしており、徳島から名古屋の
行き帰り、叔父の店でアルバイトをさせて貰っていたからだ。もちろん大半の
勉強は「観賞魚飼育管理士」の資格を持つ叔父からの教えによるものであるが
多くのことを学んだ。魚の名前に始まり、水の交換方法や、病気の治療などで
あるが、水槽に使用する石やサンゴ類と水草の相性、植え方なども教えられた。
昭和40年から50年頃に掛けては俗に言う「熱帯魚ブーム」で、正直儲けは
多かった。大口の顧客は、水槽から魚まで一式をセットで注文してくれる方で
お宅までお邪魔をしてセットを手伝ったのを覚えている。ある日「ヤクザ」の
親分から注文が有り、配達から代金を頂戴するまでの間、ものすごく緊張した
のを思い出すが、その筋の方は個人的には優しくして動物好きな人が多い様だ。
魚が病気になったり、病気の予防にはオヤジの出番だった。問屋の市販薬類は
高価なので成分を解析し試薬一級で調達した。メチレンブルーや、マラカイト
グリーンなどがそうであるが、通常人体にあまり良く無いとされている色素が
魚の皮膚病に効果がある事も分かった。最初「アカコ」と呼ばれる糸ミミズが
触れず、割り箸で取って販売していたが「そんなことでは商売は出来んぞ」と
教えられ、いつしか平気で手掴み出来る様になったのも忘れられない思い出だ。
オヤジが中国に出張中に亡くなった叔父だが、今思えばあのアルバイトが結構
良い想い出になっている。もう一度あの頃に戻りたいなと思う、オヤジである。
こんな知識があろうとは、ビックリです、薬学もかなりですな、オヤジさんの奥深さが目立ちます。
投稿: 東尋坊 | 2024年2月24日 (土) 21:18